e-OHNO MAIL NEWS 第191号

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  e-OHNO MAIL NEWS 第191号 2020/08/31

      https://www.ohno.mgmt.waseda.ac.jp/wordpress/

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こんにちは。今月号のe-OHNO MAIL NEWSの編集を担当させて頂くこととなりました、M1の摩嶋翼と申します。

今回のメールマガジンは、以下のコンテンツでお送りいたします。

■ 今月号のコンテンツ ■ (敬称略)

【1】 成長を目の当たりにする幸せ 大野高裕

【3】ビジネス最前線         町田孝治

【4】リレーエッセイ第24号

  (シニアの部) 井深浩

  (中堅の部)  中田敏文

        (若手の部)  小澤康

【5】大野研メンバー紹介

                    タクゲイカイ

                    赤塚アロンソ

                    小島優一

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成長を目の当たりにする幸せ  大野高裕

写真にあるように、1か月ほど前に、家内・みな子さんが行きつけの花屋さんで見つけた、数百円の葉っぱだけの小さな植木鉢を買ってきました。植物の名前は忘れてしまったのですが、なんか夏らしい、ちょっとハワイ感覚、アロ~ハな葉っぱたちが可愛くて、お水と栄養剤上げていたら、たった1週間で元々の鉢では窮屈となり、大きさが3倍ある今の鉢に植え替えました。最初はもうちょっと黄緑だった葉っぱは緑が濃くなり、そして背丈が伸びて葉も大きくなり、またどんどんと新芽が出てきて、葉っぱの数も3倍以上に増えました。毎日、新たな芽を発見するのが楽しみで、またちっちゃな葉っぱが日に日に大きくなるのがうれしくて、観察日記(夏休みの課題)は書きませんが、毎朝眺めては二人してすくすく伸びる若い命の素晴らしさに歓喜しています。

そう言えば、二人老夫婦だけの生活も長くなってきて(8年)、自分たちの生活では老化することばかりを見ていることに気づきました。今年2月に一足先に旅立ったミニチュアダックス・りきも16歳の老犬でしたから、3人して老化を見詰めてきました。物忘れや体のあちこちのポンコツ具合を慰め合う毎日、そして目にするテレビコマーシャルも老人サプリメントや懐かしの昭和メロディCDといった商品や「80歳までは入れます」なんていう生命保険といったものばかりです。どうも、若い人たちを対象としたCMに出会わないのは、見ている番組自体が老人向けになってしまっているからかもしれません。

それでも、私もみな子さんも学校で若い皆さんと接触する機会がいっぱいありますから、知らずしらずのうちに、若い人たちの考え方やフレーズ、流行などを感じることができることができました。ところが、コロナになってからは、特に4月からは授業やゼミがオンラインとなってしまいましたので、直接、顔を見てのコミュニケーションが取れません。8月初めに授業が終了した当初は、人生初めての完全オンライン授業をやり終えて、やれやれとホッとする気持ちが中心で、学生のみんなに会えなかったことは、「ちょっと寂しかったなあ」という感覚でした。ゼミもZoomのリアルタイムでしたから、パワーポイントを使った発表と質疑応答という普段と変わりないゼミ形態で、画面にみんなの顔も写っているので十分にリアリティはあります。しかし、何かが物足りないのです。

これについては、きっと環境変化に対する自分の適応能力が老化によって落ちているからに違いないと納得していたのですが、「鉢植え」数日を過ごしてみて、ハッと気づいたのです。毎日、鉢植えの葉っぱたちを見守っていると、なんとも言えない楽しさがあります。日々変化していること、それも老化ではなく、成長していることの変化を目の当たりにすることがうれしくてたまらないのです。芽が出てきた、葉っぱが大きくなった、というほんの些細なことではあっても、それが成長であるとそれを実感できることが幸せなのです。

思い出してみれば、子育てがそうでした。「這えば立て、立てば歩めの親心」などと言いますが、成長する様を見ることがどんなに幸せなことだったでしょう。今まで、学生の皆さんの日々の成長を見届けていることはごく当たり前で、その有難さを感じていなかったのです。学生の皆さんと鉢植えの葉っぱを比べるのはとても失礼なことで申し訳ないのですが、研究室の皆さんがゼミの発表でどんどん力をつけていく、研究の内容が充実していく様子、後輩にアドバイスする内容がどんどん高度化していく様を見るのは、まさに鉢植えが新しい芽や葉っぱを伸ばしていくことと完璧に重なるのです。成長を目の当たりにするは本当に幸せなことですね。

第2の人生で農業に取り組む人や趣味で農業をやる人が周りに増えてきました(吉本先生もその一人)。わかるような気がします。作物の成長はまさに子供の成長を時間短縮で経験できるようなものですね。手をかけてればかけるほど、美味しい実りというご褒美があります。苦労するけれどそれが報われるのはありがたい幸せです。学生の皆さんの成長の手助けをしているということは、いろいろな種類の野菜や果物を手掛けているようなものですから、バラエティがあってとても楽しい「農業」だと言えます。本当に幸せなことです。

今年後半の秋学期のゼミはZoomではなく、対面形式に戻すことになりました。なので、会うたびごとにすくすくと伸びていく研究室メンバーの姿をもう一度目の当たりできる幸せを噛みしめたいと思います。ただ、ちょっと注意しようと思うことがあります。実は、その鉢植えですが、毎日気がかり過で、水をやり過ぎてしまいました。そのために、新芽の一つが腐ってしまいました。大失敗です。手をかけ過ぎるのもよくありませんね。ついつい、口出しをしてしまったり、転ばぬ先の杖で、あれこれと、私が先回りし過ぎてしまう傾向があるので、差し控えようと思います。「かわいい子には旅をさせろ」「獅子はわが子を千尋の谷に落とす」と言われるように、セイフティネットはこっそりと用意しつつ、しっかりと自分で挑戦してもらえるように見守りに徹したいなと考えます。でも、歳取ったせいか堪え性がなくなっているので、ついつい我慢できずにちょっかいしてしまうかもしれません・・・。自信がないなあ~。

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ビジネス最前線

今回は公認会計士で、税理士事務所を経営しておられる町田孝治さんに書いていただきました。「士」業界が大きく変化すると言われている中での税理士のお仕事、現在、どのようになっているかを率直に書いていただきました。どうもありがとうございます。では皆さま、お楽しみください。  大野高裕

はじめまして、98年卒の町田孝治と申します。メルマガの機会を頂きまして大変光栄に思います。どうぞよろしくお願い致します。

1. 自己紹介

屋外, 少年, 若い, 人 が含まれている画像

自動的に生成された説明私は、埼玉県所沢で3人兄弟の末っ子で生まれました。父親が税理士で事務所を開業し、夫婦で経営し、後に兄が会計士を取る会計一家でした。私は別の道を行こうと理工学部に進みましたが、大学3年生のときに家族がやっている会計を少しかじってみようと勉強を始め、そのまま会計の道に進みました。就職活動をせずに大学を卒業し半年後に会計士試験に合格し、監査法人トーマツに就職しました。

監査法人トーマツでは、上場企業の会計監査の仕事をしておりました。会計監査の仕事はとても意義深いものではございましたが、父や兄が行っている中小企業の社長に直接アドバイスをして喜んで頂けるような、税理士業務にも興味が湧いてきました。トーマツには6年努めたところで退職しまして、兄の事務所での修業を経て2016年に自身の税理士事務所を開業しました。最初は私一人でお客様もゼロではありましたが、ありがたいことにお客様や社員にも恵まれ14年間継続することが出来、現在は25名ほどの事務所となっております。

2. 仕事の内容と社会環境

 税理士事務所の仕事というとどのようなことを思い浮かべますでしょうか?投資意思決定や、国際的な節税スキームなど高度な数値計算をイメージされる方もいらっしゃるかもしれませんが、私の会社はごくごく庶民的な、いわゆる街の会計事務所、と言った所です。仕事の主なところは、月次決算・年次決算書作成の受託(領収書・請求書・通帳コピーなどを頂き、それをもとに会計ソフトに入力)であったり、税務申告書の作成(決算書をもとに税務申告書を作成)、税務相談(税務上の取り扱いの相談)、場合によっては助成金や補助金等のご相談、といったことが主になります。お客様の層も、ほとんどが1億未満~10億くらいの規模感になります。

 中小企業の経営者の方々は、それこそ命がけで会社を切り盛りし、堂々と経営をしていらっしゃいます。ですが、リソース不足や資金的な余裕もない中での経営は、どうしても、目の前の業務に追われる傾向があります。

経営者の役割はサッカーのであれば、どのポジションと思いますでしょうか?フォワード?ミッドフィルダーでしょうか?キーパーでしょうか?

私は経営者のポジションは監督だと思います。

全体の譜面を客観的に見て、情勢を把握し、相手の状況や選手のコンディションを素早く把握して、自身のチームのフォーメーションを決め、戦略を決め、終了時点での勝利を目指します。ですが、現状の中小企業の社長はフォワードであったり、ディフェンスであったり、一人3役やるケースも多くあります。監督の仕事に集中できないケースです。

 そんな中、私達税理士は、決算書などの数字を通してサッカーの戦況の譜面を表現し、客観的な戦略づくりのサポートをします。決算書そのものは現在地点を表現したものですし、過去の積み上げの結果でもあります。また将来の戦略に向けた数値の使い方や、投資の意思決定、資金猶予の判別など、様々な場面で活用ができます。このような形で数値を礎にした将来の意思決定をサポートします。その意思決定は1年後5年後などの理想の将来像があり、その理想像向けた一歩になります。その一連のお手伝いをさせて頂けることは大変にやりがいがあります。

3. 課題と取組

現在のコロナの影響を世界中が受けております。このような状況下では、中小企業の目下の課題は資金繰りです。手元資金を厚く確保することは、会社としての選択肢を増やし、よりよい戦略の打ち手ができます。私のお客様にもとにかく資金手当を第一の手としてサポートしています。その後に、正常化に向けたロードマップを考え、場合のよってはこれを機にビジネスのあり方を変化させ将来につなげようと日々動いています。

多くの社長とお付き合いさせていただいておりますが、社長の悩みは大きく2つあります。1つ目はお金・税金についての悩みです。こちらは自社の得意分野でもありますので、ご相談に応じ社長自らが道を選び、弊社は社長が選んだ道での成功を応援します。

もう一つは、人の悩みです。これは意外に思われるかもしれません。ワンマン社長が個性を発揮して自由自在に経営をしているイメージをお持ちかも知れませんが、人間関係で課題を抱えている社長は多いです。社長と幹部との人間関係、幹部同士が仲が悪い、社員と幹部の温度差、などで悩んでいることがあります。これはビジネスの世界では小さな話と思われるかもしれませんが、会社全体のパフォーマンスを考える上でも非常に大きな話だと私は思っています。ざっくりとした話になってしまいますが、社員同士が仲が悪くお互いに嫌いな社員ばかりの会社と、会社がワンチームとなり会社のビジョンをともに目指している会社では、パフォーマンスが大きく異なることは想像に難くないと思います。

これらの2つの悩みにできるだけ寄り添いながらサポートをさせて頂いております。

4. 結び

 私は数字の世界で仕事をしております。そのベースは正確に早く数字を作り、わかりやすくお届けすることにあります。一方でそれだけではなく、お客様から選んでいただける理由は人間性であったり、もう一度会いたい、と思ってもらえるかどうか、と言った感情に近い部分も多いと感じています。社会的にものがあふれている今の時代は、物やサービスの品質で勝負するのは難しいように思います。それよりも人の魅力でビジネスが成り立つ、そんな世の中になってきていると思います。

左から2番めが町田。となりは妻の町田和歌

税理士法人町田パートナーズ 代表 町田孝治

最後に本の宣伝をさせてください。

・攻める経理(www.amazon.co.jp/dp/4866800372)

 経理の効率化についての本になります。思いがけず派手な表紙になってます。。

・僕は社長を辞めたくなった2(www.amazon.co.jp/dp/4908181624)

 2人の社長(うち1名は私)の会社経営の体験記です。私が大変な状況からその先に進んでいく過程を赤裸々にかいております。。

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リレーエッセイシニアの部 井深浩

1996年院卒の井深浩と申します。

卒業後は三菱化学(現 三菱ケミカル/MCC)という化学メーカーに入社しました。96年頃から既に製造業に進むのはマイナーだった気がしますが、今の大野研の進路先傾向も変わらず、製造業は少ないのかもしれませんね。

もうすぐ50歳(1970年生まれ)にならんとしておりますが、入社後に辞めてしまわれる方を何人も見送りました。日本全体でも製造業に入って辞められる方は多いのでしょう。色々な齟齬があるのだろうなと思いますが、私自身が悩んだ経験があるため分からないでもない。その一方で、当人にとっても会社にとっても幸せなことではないなとも思っています(製造業以外はそうでもないのかも知れませんね。そこは分かりません)。

私が入社から10年ほどの間に実際に感じたこと、それを今振り返ったらどう見えるかを対比することで、卒業後に製造業に携わられて(もしかしたら苦しんでいる)若い方、就職先の1つとして検討されておられる学生の方の参考になればという思いで記させて頂きました。

製造業にも幅があり、私のケースは装置産業ですので参考にならない部分もあるのは承知しておりますが、製造業で頑張ってみるか!という参考になれば幸いです。

■時間を持て余す

ジーパンにTシャツで会社に行って作業着に着替え、大学のキャンパスのような研究所の研究員という肩書をもらいました(実態はシステム部員ですが)。雑巾がけのような仕事が多く、安全・安定操業は分かるけど、正直時間を持て余しました。同期や友人の仕事の話などを聞きながら少し腐ってました。

人が育つには時間が掛かります。そして製造業では人を育てるために覚悟して、現場に送ってます。今ならそう思えます。当人にとっては雑巾がけから始めるなんて時代錯誤に感じるかもしれません。でも初めから人が急に育つこともない。長い時間軸で考える以外ないと思います。

会社に育成方法がないとか、育ててくれる人がいないとか不満があるかもしれません。でも、人の育成方法が確立してた時代なんてなかったハズです。どの時代にあっても、自分の意思で自分を育てるしかなく、不満を言っても始まりません。

私の場合は、(当社では起業と呼んでますが)自分で発意し、文章を書いて予算を取って仕事を創りました。製造業における事業所の予算など知れたものですから、小さなチャレンジです。でも会社の正式プロセスに則り、事業所幹部の前でプレゼンして予算を獲得することは、口で不満を言うよりも前向きです。で、失敗する。たくさん失敗しました。

でも、それで良いと思います。小さいからこそ、傷も小さい/フォローも可能。若くて地位もないからできること。逆に、それなりの地位になったらできません。実際、気持ちよく騙してくれれば良いんだ、と酒屋で良く言われました。

もう一度新人からやり直せるなら、やっぱり事業所から振り出したい。小さな失敗が大切だと、思います。「自分の環境は自分で創る」大野研で学んだものですが、その通りだと思います。

■華がない

5Sを体に染み込ませ、操法訓練/草刈り/所内行事等など駆り出されました。「玉掛け」資格を取得してこいと言われ、川崎の製鐵工場に行ってアンちゃん達に囲まれた時は、複雑な気持ちになりました。こんなことで良いんだろうか? よく思いました。

華がないなら、華を育てるしかない。製造業の現場は、そこにしかないものだと思います。その業務知識は、世界中であなたしか持っていない情報かもしれません。自信を持ちましょう。で、得られた知識を体系化・汎化してみる。他製品群との違い/他事業との違い/他業界との違い、言葉に落としてみる。小さな積み重ねは、いつか必ず華になると思います。

正直、製造業にありながら現場経験を積めなかった私は華を育てられませんでしたが、やり直せるなら現場でもっと勉強したかった。

■先行きが見えない/希望どおりにいかない

研究所への配属は想定外であり事業所に行きたかった。その私が、2005年6月に製薬への異動の内示を受けた時、「もうこの会社では芽がない」と思いました。化学に入ったのであって、製薬に入ったわけじゃない。一人ぼんやり屋外の階段に腰掛け、妻に電話しました。「この会社では自分は見込みがないから辞めようかな・・・。」

2005年10月に、三菱化学と三菱ウェルファーマ(MPC)によって三菱ケミカルホールディングス(MCHC)が発足するんですが、2005年春に新聞発表がありました。「製薬への進出は化学100年の夢」なんて書かれた新聞を読んでいた妻は、辞められても困ると思ったのでしょう、「見込みがあるよ」と説得。確かに、ここまで雑巾がけしてきて辞めるのも何だなと思い直し、大阪に異動しました。

腹は括って大阪に来たものの、落下傘で1人ポツンと着任しただけ。当初はとても警戒されました。おまけに1年前に大病を患い、2か月間の車椅子生活/静脈からの栄養点滴で食べることすらできない生活を経験。大阪異動後にも心臓を再起動したりしていたため、心身ともに厳しかった。34歳、人生のどん底でしたかね。

でも、今振り返ると一番成長できた時期でした。研究所と違って、本社スタッフとして会社全体が見え、仕事も製薬を対象としたIT企画となり、視野が広がった。

2007年10月にMPCは田辺製薬と合併し、田辺三菱製薬となるのですが、その合併作業のインフラ分野を仕切らせてもらいました。2月から始め10月に何事もなかったかのように新社が発足した後は、とにかく寝ました。

その後、大阪から異動となったときには、警戒していたMPCの方すべてと個別に酒を飲みました。田辺から来られた部長から料亭の上座に座らせてもらって、ありがとうと言われた時は、男惚れしました。入社した会社ではなく、たまたまの縁で同じ会社となった方々との濃い時間は、本当に楽しかった。(ちなみに会社のカタチは、想像を超えて変わってきています。入社した会社と所属する会社が違うのは化学では当たり前でした。)

■その後

2008年10月MCC経営企画室 兼 MCHC経営戦略室に異動になりました。???人生って分からないなと思いつつ東京に戻りました。どの組織からも漏れる三遊間を社長スタッフとして対応するんですが、リーマンショック直後でしたので、コストカットの憎まれ役が多かった。辛かった半面、会社はこうやって廻っているんだと勉強しました。

2012年01月システム子会社に行きました。久しぶりのシステムで困りました。部下の助けを借りながら、自分が入社時に行きたかった事業所担当の本社側マネージャになった時は不思議な感じがしました。

2016年04月グループ会社の大陽日酸および外販担当の営業になりました。が、関係ない三菱化学/樹脂/レイヨンの3社統合の会議に呼ばれました。「お前、何とかしろ」と言われて、システム統合を仕切りました。大変でした。終わった後、とにかく寝ました。

2017年04月三菱ケミカル担当の営業となりました。ほどなくして、o365導入PJが始まりました。関係ないハズでしたが、呑み屋を出たらやることに。2018年11月に切り替えた直後、寝たいところを2018年12月に再びMCCへ異動。基幹システム(SAP)統合が残っているから何とかしろ・・・ということで今日に至ってます。

今はドタバタの日々で忘れてしまってますが、確かに最初の10年間は苦しみました。製造業にあっては、最初は時間を持て余し、華もないから不満を募らせ、先行き見えずに悩み苦しむのは良くあることなのかもしれません。でも歯を食いしばって試してみたことが、糧になっているのも感じています。無責任ですが、10年経過してから急に芽が出ますよ。きっと。

■最後に:女性(特に庶務)を大切に

門前の小僧ではありませんが、大野研で知らず知らず教えられたのは女性を大切にすることです。特に庶務の女性を大切にすることは仕事を進める上で重要だ!と。

門徒である私も、気が付かないまま体に染み込んでました。実際、庶務の女性に逆らうという考えが芽生える余地がなく、疑いもなく実践してきましたが、確かに教えの通りでした。

早いもので卒業から四半世紀。会社の先輩方に食わせてもらってきたと強く感じる今日この頃。その恩を、より良い環境に変えて後輩に遺したい。素直に、そう思ってます。

その延長で、去っていく後輩を見送りながら、何か若い方の参考になればと書かせて頂きました。ご精読ありがとうございました。

以上」

屋外, 人, 建物, 男 が含まれている画像

自動的に生成された説明

箱根駅伝 鶴見中継所/明日へ走る の前で

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リレーエッセイ中堅の部 中田敏文

皆さま、初めまして。08年学部卒の中田と申します。

中林からバトンを授かり悩みましたが、何か少しでもみなさまに役立つ情報をお伝えできたらと思い、『元コンサル・不動産デベ転職あるある』をご紹介させて頂きます。それでは早速、ランキング形式で第3位からお届けいたします。

第3位 転職当初、飲み会で大学生みたいな潰れ方をする

時代錯誤ですが、定番ですね。もちろんコンサルの激務の合間でも、同僚と飲み明かすことや打ち上げで羽目を外すことはあるでしょう。ただしゼネコンさんからの手厚い接待、歴戦の同僚たちとの懇親会…それはもうペース・量が比ではありません。

しかもそこはやはり元コンサル。飲み会でもバリューを発揮しなければいけません。結果、転職したての頃はペースが掴めず潰れがちです。お気を付けください。

注)決して強要はされません。下戸・飲むのを止めた同僚もいます。

第2位 初期仮説通りにプロジェクトが順調に進むと、逆に不安になる

仕事は何をするにもまずはファクト収集から、ではないでしょうか。最初から仮説を!と言いつつも、情報が決定的に足りなければ厳しいです。それが不動産プロジェクトではどうしたものでしょう。行政、地主、金融機関、近隣住民、テナントなど利害が全く一致しない関係者たちが、情報の非対称性を保ったままの状態でプロジェクトを進めざるを得ません。

コンサルでは、最初に立てた仮説通りにプロジェクトが進むのが(炎上しないという観点では)良いプロジェクトかもしれません。一方デベロッパーは順調に進んでいる時ほど、逆に『何か致命的な課題を潰し損ねているのでは…』という不安に駆られます。前提を根底から覆す新情報が無いか、関係者が急に心変わりをしないか…。仕方の無いことなので、不安と向き合いましょう。

第1位 ロジックが無いのに凄まじく結果を出す先輩を見て困惑

やはりこれですね。不動産業界ではロジックを凌駕する野生の勘、マーケットの読みというものをしばしば目の当たりにします。当然、とても頭の良い先輩方ばかりですからロジックが本当に無い、という事はありません。ただし『そこ、目をつぶっちゃうの!?』とびっくりするくらい超クリティカルな課題を敢えて無視(解消する前提で進む)したり、『それは流石に無理では…』という突飛なアイディアを出したりします。

コンサルはクライアントに対して誠実に、正しい提言をする必要があります。一方、腹を括って一見大き過ぎるリスクを取ったり、一見無駄に見える施策を採ったりすることは、事業者であるデベロッパーの自由にして特権です。ロジックとは固執し過ぎない程度に上手く付き合い、あくまでプロジェクトの最終目標にコミットしましょう。

写真は、久々に08年学部卒同期で集まった時の写真です。次は同期の山崎のぶ君にバトンを渡します。よろしく!

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リレーエッセイ若手の部 小澤康

お世話になっております。
2017年学部卒の小澤康と申します。

大学を卒業してからあっという間に3年半が経ち、
なかなか自分自身を振り返る時間もなかったため、こういった執筆の機会を頂けて感謝しております。

拙い文章にはなりますが、近況をご報告させていただきます。

私は 新卒で、株式会社キーエンスに技術営業職として入社しました。
弊社が手がけるのはFA(ファクトリーオートメーション)にかかわるセンサーや画像処理システムです。
会社の特徴として私が感じている事を一つ挙げるとすると、「徹底的に無駄を省き効率を追い求めている」という点です。
巷では「激務で定年まで働いた人はいない」といった危ない都市伝説が飛び交っておりますが、
毎日やりがいを感じながら、(身体を壊すこともなく)充実した日々を過ごしています。

仕事の内容としては、主に大手企業を担当する重点顧客チームに所属し、
東日本を飛び回りながら、生産規模が大きい工場への「営業」から「システム開発・保守」まで一貫して担当しています。

非常に責任が重く、自社への影響も大きいため初めは震える思いでしたが、
今では営業としての成果を上げる喜びや、世の中の様々な製品の品質を変える事ができる影響力を感じる事が出来て、
自分に水が合う会社だと強く感じています。

また、工場の中に入り生産ラインの効率化などの提案を行う際は、経営システム工学科で学んだことが非常に役立っており、
今改めて、大学時代に勉学以外のことに時間を使いすぎたなと反省しています。
ただそのおかげ(?)で養うことのできた、顧客と良い関係を構築するためのコミュニケーション能力や、
上司の麻雀の誘いに応えることができる力は仕事を円滑に進めるうえで役立っており、
早稲田大学で学生生活を送ることができてよかったと思っています。

弊社は勤務時間も長く、ブラック企業なのでは?との印象を持っている方もいらっしゃるかと思いますが、
休日は意外にも多く、2年前に結婚した妻と休みのたびに旅行に行くのが最近の楽しみです。
長期休暇ではヨーロッパや南の島に旅行に行き、英気を養っています。
今はコロナ禍の影響で旅行がしづらい時期ではありますが、落ち着いたらまた世界中に旅行に行きたいと思います。

写真は昨年モルディブに旅行に行った際の一枚です。
透き通った青い海に浮かぶコテージでのんびりした時間を過ごしました。

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研究室メンバー紹介

タクゲイカイと申します。中国からの留学生です。2019年9月に入学しました。

コロナの影響により、長時間に友達と会うことができなく、独自に在宅しなければならないです。どんどんにやる気が不足になっていましたが、ある朝にベランダから富士山を見ました。急に意気込みになりました。生活の小さいの美しいの瞬間ても私を励させることが

できます。今は外へ出できないですが、自宅で花を育だって、規律的に暮らしています。

最近は就職活動を始めました。希望な会社で就職ため、頑張っています。

研究のテーマは高齢者の携帯利用によるネットショッピングにおけるサイト情報の活用分析です。

新しいことにすぐに飛び入れる人なので、常にいろんなことをやってみやいの気持ちを持っています。最近の興味は無人機のアセンブルです。(来月に多分興味が変わります。)

どうぞよろしくお願いいたします。

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大野研究の皆さん、こんにちは!修士一年の赤塚アロンソです。

名前で分かるかもしれませんが、私はハーフです。国は南米のペルーという国です。幼い頃からスペイン語に触れながら育ってきました。(英語はできません)

運動が大好きで、小学校1年生から高校3年生までサッカーをやっていました。ポジションはゴールキーパーでいつもミスを恐れながらも頑張っていました。大学からは、何か別の表現するものをやってみたいと思い、学部は中央大学にも関わらず早稲田のOasisと言うジャズダンスサークルに入ってました。多くの経験を得て初心者からサークル内で振付するくらいまで腕を磨きました。今でも音楽とか聴くとどんな振り付けにできるかとか考えたりします。

修士論文の内容としては、自分は将来人事的な仕事をやってみたい事もあり「新卒のジョブマッチング」に関する研究をしたいと考えています。今ちょうど、人材業界の企業のインターンで2週間程8/5-8/18淡路島に来ています。インターン生18名、内定者22名、人事6名と参考に出来るものは無いかと日々いろんな目線から話を伺っています。海は綺麗です笑

早稲田大学では授業や友達、先生方からいろんな刺激を感じ取れています。2年間と言う長くは無い期間ですが多くを学んで、多くの思い出を作って行けたらと思います。

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初めまして。M1の小島 優一と申します。
大学院から経営デザイン専攻・大野研究室を志望し、無事配属され嬉しく思います。
 学部では、ものづくりに興味を持ち、福井県の福井大学で機械工学を専攻しておりました。しかし、技術者を目指すよりも、経営側の視点に興味を持ち、大学院で転科しました。
 学部では、大学の授業を受けつつも、パティシエや飲食店の接客・調理、遊園地スタッフ、ホテルスタッフなど、様々なアルバイトをして楽しんでいたように思います。また、趣味は旅行で、自分の車を所有し、学部のうちに47都道府県をほとんど回りました。現在は海外に興味があるのですが、このコロナ渦でどうなるかと言ったところです。
 大学院では、地方に住んでいた経験を活かし、地方創生にアプローチできる要因の分析を行い、東京一極集中問題・地方過疎化問題の解決を目指す研究を行っています。もう大学院生活の4分の1が終わってしまいましたが、後悔の無いよう勉学に努めたいと思っています。よろしくお願いいたします。

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◇◆ 編集後記 ◇◆

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「e-OHNO MAIL NEWS第191号」はいかがでしたか。

8月最後の日の配信となってしまいお待たせしました。

e-OHNO MAIL NEWS で大野研OB・OGへ発信したい情報等ございましたらお寄せください。お待ちしております。

なお、バックナンバーは大野研究室のHP内でもご覧頂けます。

編集担当 摩嶋翼

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「e-OHNO」は、大野研のOB・OGへ毎月17日の配信を予定しています。

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